浦和周辺:塾で伸びない中学生専門の家庭教師、塚田です。

イギリスの影響

あまり知られていませんが、薩摩藩とイギリスは昔、戦争をしているのです。参勤交代の時に、イギリス人が通りかかったところを薩摩藩の武士が殺害したことで、イギリスが戦艦で薩摩藩に砲撃しました。
そのときに、薩摩藩は「ヨーロッパは強すぎる・・・このままでは、まずい・・・」と感じ、討幕へとつながったのです。

日露戦争は「ロシアに中国の領地を取られると嫌だな・・・よし、日本を援護して、日本に戦ってもらおう。」
そんなイギリスの思惑の元、日英同盟を結び、そこから戦争がスタートしています。

第一次世界大戦も、日英同盟があったからこそ日本も参戦することになっています。

そう、日本はイギリスの影響を江戸の末期からずっと受け続けていたのです。

そもそも、産業革命もイギリスからはじまっていますし、産業革命により油が必要なアメリカが、捕鯨船の船舶地として日本に開国を迫ったわけですし。

日本に影響を与えた国は?と言われると「アメリカ」「中国」を思い浮かべるは多いですが、「イギリス」をすぐに思い浮かべる人はなかなかいないと思います。しかし、イギリスはアメリカや中国と同等に、多大な影響を日本に与えた国なのです。

4つの恐慌が次と襲う

第一次世界大戦の時には、特需景気(戦争の武器を造り、輸出することにより、景気が良い状態)になりました。
お札に火をつけて「ほら、これで明るくなっただろ?」という人まで出てきます。この時に「成金」という言葉が生まれました。

しかし、ここから大きな恐慌が日本を次々と襲います。

【戦後恐慌】
→戦争に使う武器を造って、海外に売っていたので儲かっていったが、戦争がなくなり、売れなくなり、景気が悪くなる

【震災恐慌】

関東大震災によって、東京が壊滅。それにより、また景気が悪くなる

【金融恐慌】

政治家の失言などにより、恐慌になる

【昭和恐慌】

世界恐慌により、海外との貿易が減る

これらの恐慌が4つも一気に起きてしまったのです。
日本の政治と経済はボロボロな状態。
これらの恐慌があり、日本は戦争へと進んでしまうのです。

明治~戦前の政治制度

【藩閥政治】

もともと、薩摩藩と長州藩がイギリスから力を借りて幕府を降参させた。その功労者である薩長の有力な人物で政治を行ったのが藩閥政治。
先進国の国家体制を整えなければ不平等条約を撤廃できず、列強として扱われることがないため、君主権の強いドイツの政治をまねて作った。ここで天皇を絶対的な権力者とした。

【政党政治】

→国民の意見を聞いて、政治をしよう。国民が選挙で選んだ人が国会で話あって政治を決めようとするもの。
途中から「藩閥の人が中心の内閣」と、「選挙で選ばれた人中心の内閣」が交互に政治を行うようになった。
(今まで総理大臣は薩摩藩か長州藩出身の人がなっていた中、どちらの藩の出身でもない「原敬」が普通選挙で選ばれ、総理にまでなったのを「本格的な政党内閣」と言います。)

【軍部政治】

恐慌が続く中で、「政党政治は全然ダメだと。役に立たない。軍が仕切った方がいい」という世論が広がった。
軍の人間が総理大臣を暗殺し、軍部が政治を行うようになる。

(軍が武力でやったことは確かですが、世論が政党政治がだめになっているなか、軍を支持をして起きたこととも言えます)