浦和周辺:塾で伸びない中学生専門の家庭教師、塚田です。

奈良時代は仏教勢力の時代

当時の中国は唐という国で、仏教で国を治めていました。

日本も仏教で国を治めるといのをおおっぴらに行っていた時代です。
奈良の大仏を造ったのは象徴的な出来事ですね。

先進国の唐に習って、日本も同じように仏教で国を治めようとしました。

仏教の勢力が大きくなり、天皇の地位まで脅かしていた

道鏡というお坊さんがいました。

そのお坊さんは、当時の女帝に気に入られて、朝廷の中でどんどんと出世をしていきました。

そしてなんと、次の天皇になろうとしたのです。

結局、次に天皇になるはずだった者との争いに負けて天皇にはならなかったものの、お坊さんが天皇の地位争いに入ってくるぐらい、当時かなりの大きな勢力を持っていたのです。

平安時代

都が平城京から平安京に移ったところから平安時代はスタートします。

桓武天皇は仏教が国家に関わり過ぎていたため、今までの仏教を刷新したかった。

そこで、目をつけたのが最澄と空海。

最澄や空海は、「とにかくひたすら修行をさせる」という流派。
この教えなら、修行しなければならないため、政治活動する時間がないというわけです。
(そうすれば、天皇家が権力を握る時代に戻れる)と思い、最澄と空海の流派である新しい仏教を保護しました。

坂上田村麻呂

征夷大将軍は覚えている人も多いと思います。
「源頼朝が征夷大将軍に任命されて鎌倉幕府を開いた」で問題としてよく出されます。
そもそも征夷大将軍とはなにかというと、蝦夷(現在の東北地方)を征服するという意味で、「征夷」なのです。

はじめての大将軍が「坂上田村麻呂」なのです。
当時、まだ東北は大和政権の支配が及んでいない土地だったのです。
そこで、支配領地を広げて年貢を増やすために、蝦夷を制圧しようとしたのです。
その軍隊のリーダーが征夷大将軍だったのです。

坂上田村麻呂は東北を制圧し、支配領土を広げることに成功したのでした。