【浦和周辺】塾で成績が伸びない中学生専門の家庭教師、塚田です。

前回の記事の続きです。
塚田母の子育て論

・母親自身が、家庭教師であまり意味のあるものとして実感できなかった
・ひーばあちゃんのように、自分が子供に勉強をさせるようにして、わからなければ一緒に勉強すればいい

そう思った母親は、私と姉を塾に行かずに勉強のできる子に育てようとしました。

ちなみに、小学生時代の塚田はどんな子だったかというと、
・授業も落ち着いて聞けない
・提出物は出さない
・宿題やらない
・連絡帳も書かない
・忘れ物と無くしものが多い
そんな「ザ、落ち着きのない男の子」でした。

母親に聞いたのですが、小学2年生の時に授業参観の後の保護者会で席に座って引出し開けたら、
「液体ノリを乾燥させたぷにぷにした物体」
「セミの抜け殻3体」
「消しカスを集めてつくったデカいねりけし」

が入っていて、手前の筆箱や文房具入れるように区切られてるところには
水が入っていて、折り紙で作った船とはっぱが浮いていたらしいです。(笑)

「子供には、なにか1つ他の人よりできるものを身につけさせたい。そうすれば、その経験が自信になって、他のことにも前向き取り組むことにも繋がるはず。」

そう思った母親は、小学一年生の時から習字教室に私と姉を通わせ、書き初めの時と学校の硬筆のコンクールの時には、母親自身が姉と私に硬筆と習字を教えました。
(母親は書道を大学まで習い続けていたそうです。)

目標は、学年の代表として県の展覧会に作品を出すこと。
展覧会の選考の前は、私も姉も負けず嫌いなところがあったため、毎日夜遅くまで練習していました。母親の教え方がうまかったこともあり、何度か賞を取ることができました。

当時、習字の練習を人一倍頑張り、賞を取ってみんなから褒められた経験を通して、
「頑張って努力すれば、結果はついてくる!やれば自分はできるんだ!」
そんな信念を持つことができましたし、
この時に「やればできるんだ!」と学んだからこそ、これまで勇気をもってやりたいことにチャレンジして来れた気がします。

また次回に続きを書きます。