【浦和周辺】塾で成績が伸びない中学生専門の家庭教師、塚田です。

塚田母の子育て論①

塚田母の子育て論②

塚田母の子育て論③

塚田母の子育て論④

塚田母の子育て論⑤

塚田母の子育て論⑥

塚田母の子育て論⑦

塚田母の子育て論⑧



前回の続きです。

国語の当時の勉強法

国語は、いつも60点後半~70点前半くらいの点数でした。
国語はあまり好きではなく、テスト前に「学校のワーク」と「漢字練習」を徹底的に行っていました。
「漢字で20点中19点を確実に取る。読解の問題も、ワークに問われやすいところが載っているから、そこだけやっていれば、40点くらいはできるようになるし、あとはわからなくても埋めておけば少しは点数になる。
漢字で約20点、残り80点中40点をワーク、10点はわからなくてもカンで点数を取ろう。」このような作戦で点数を稼いでいました。

当時の数学の勉強法

数学は小学校の時から好きな科目でした。

中学校の数学は、小学校の基本がしっかりと理解できていたこともあり、基礎と標準レベルの問題は学校の授業を聞き、学校のワークの解説を読んだり、友達や先生にわからないところを聞くことで、理解を進めていきました。

数学は、中学時代に唯一、正攻法で勉強した科目のした。
数学は積み重ねの科目なので、好きな科目でよかったなと思いますし、小学校の時にしっかりと勉強をやってたのが大きかったですね。

数学は、好きだったので毎日勉強していましたし、定期テストで応用問題は10点ほどしか出なかったので、毎回85点ほど取ることができていました。

当時の理科・社会の勉強法

ひたすらテスト前に、問題集の答えを暗記していました。
社会は、やればやるだけ点数をとることができました。
理科は、「生物、地学」の暗記要素の多いところは、80点くらい取れていましたが、「物理、化学」のいった、暗記+理解がひつような分野は苦手で60点後半~70点前半くらいだった覚えがあります。

暗記は、とにかくやる問題集を決めて、それを完璧にするだけです。
塾にいかなかったからこそ、当時は「学校のワーク」と「市販の問題の2つに絞られていたので、必然的に繰り返すことになっていました。
もし、塾にいっていたら、繰り返すことができずに、あまり点数をとることができていなかったのではないかと思います。


また次回、続きを書きます。