塚田母の子育て論⑮

【浦和周辺】塾で成績が伸びない中学生専門の家庭教師、塚田です。

塚田母の子育て論①

塚田母の子育て論②

塚田母の子育て論③

塚田母の子育て論④

塚田母の子育て論⑤

塚田母の子育て論⑥

塚田母の子育て論⑦

塚田母の子育て論⑧

塚田母の子育て論⑨

塚田母の子育て論⑩

塚田母の子育て論⑪

塚田母の子育て論⑫

塚田母の子育て論⑬

塚田母の子育て論⑭

前回の続きです。

浪人時代の勉強

家庭教師への想いに書いた通り、予備校に入ったものの
(このまま、周りのみんなと同じように勉強していたところで、志望校である早稲田商学部には入れない。。。)と考え、「どうやったら効率よく勉強できるのか」「どうしたら難関大学にも極力短い勉強時間でも合格することができるのか」を調べまくりました。
参考書や受験にや勉強法、資格試験の本などを予備校の近くにあった大型書店に行き、予備校での勉強の合間をぬって1日3時間ほど読み漁っていきました。

そして、本に書いてある勉強法で良さそうなものをいくつか試していき、自分なりの勉強法や、モチベーションを保つコツ、時間の使い方などを工夫していきました。

ちなみに、一日のスケジュールとしては、
・朝4時半に起きて6時まで勉強
・6時に家を出て、予備校近くのマックで、予備校が空くまで勉強
・9時に予備校に行き、11時まで自習
・午後は予備校の授業や自習
・7時の電車で家に帰る
・寝るまでに1時間勉強
・10時就寝

といった流れ。

午前中に5時間半勉強ができ、寝る前に1時間勉強をするので、午後は12時~19時の間で3時間半勉強すれば、一日10時間勉強できるという計算でこのスケジュールを作りました。
計画通りに、試験の日まで勉強し続けることができたので、なかなかいい計画の立て方だったと思います。

予備校時代の苦い思い出

浪人の一年間はなかなか苦しかったなーっと振り返ると思います。

まず、1か月のお小遣いは5000円で、ごはん代もそのなかでやりくりしなければなりません。
お昼ごはんは、はなまるうどんに行き、当時一杯100円だった「かけ小サイズ」をほぼ毎日食べていました。
(毎日同じ「かけ小」を頼むため、注文しなくても、パートのおばちゃんが私の顔を見ただけで「かけ小」を出すようになりました。笑)
予備校の友達は、割と裕福な家庭が多かったため、「ラーメン」「牛丼」「カレーライス」「パン」などをお昼に食べていたため、心の底から羨ましかったのを覚えています。
「絶対にあんなおいしいもん、毎日たべてる奴らなんかに負けねえ。」という謎のハングリー精神でモチベーションを上げていました。

お金なかったこともあり、友達と遊ぶことはほとんどなく、2か月に一回、高校や中学の友達とマックでおしゃべりするくらいでした。

ただ、そうやって過ごしていても、頭の中で
(勉強しなくて大丈夫かな・・・こんなことしてる場合じゃないよな・・・)と思ってしまったり、大学の楽しそうな様子を聞いて
(高校の時にもっと早く考えて勉強に取り組んでたら、借金背負って、一年間勉強漬けの日々なんか過ごさなくてよかったのにな・・・)
と感じ、あまり楽しむことができませんでした。

また、模試の成績はなかなか上がらず、夏休みが終わった9月の模試ですら、思ったより成果が出ていなかったのです。

勉強を続けている中で、実力が以前よりもついてきていることは感じていたのですが、独学で勉強を続けているため、「本当にこのまま頑張れば、成績上がるのかな?」という不安を持ち続けていました。

かといって、予備校のことを全く信用できなかったため、相談することができませんでした。

不安なのに、相談できる相手が誰もいないという状況はかなり辛かったです。

(周りの友達は働いたり、学校に通い遊びまわってるのに、なんでこんな毎日勉強しなくちゃいけないんだよ。しかも、高いお金借金して予備校行ったのに、勉強のことを信頼して相談できる大人もいない。成績だって出ない。
もう、なんなんだよ!!!!!!)
という気持ちが積み重なり、
11月ごろは朝の誰もいない駅までの道のりを泣きながら歩いて向かってました。

その経験があるからこそ、
「信頼できる大人になって、勉強の相談にのりたい」
「効率のいい、その人に合った勉強のやり方を伝えてたい」

という想いを強く持ち続けています。

今こうして家庭教師として仕事ができていることを考えると、あの時、ほんとうに頑張ってよかったなと改めて思います。

また次回、続きを書きます。